無縁墓地改修作業が
始まりました。
何度か
このブログでも紹介している通り、
10年程前に着手した墓地登録と整理事業が
ようやくひと段落できそうです。
沢山の方々のご意見を拝聴していて
「墓地とは何か?」、「家とは何か?」
ということを考えさせられました。
そして「心」について。
戦後、法律や思想までが大幅に
変革いたしましたが、
永年培った精神までが突如として
消え失せるはずがありません。
しかし、かえってそれが多種多様な
価値観を生み出すことになったようです。
自由な価値観に基づく発想がいけない事とは
思っておりませんが
自由と無関心とは次元が違います。
その為に、ここ浄照寺墓地に於いても
「管理規定」なるものを策定し
一定の基準に則った運営を余儀なくされました。
この光景に一番驚かれているのは
ご先祖様なのかもしれませんね。
お寺は世法を遵守しながらも
仏法が寄り所(柱)であります。
さて、折りしも墓石建碑の相談の為
ご門徒様がご来院くださいました。
「墓石の表の刻字をどうすべきか?」
ということでした。
地域差はありますが
浄土真宗に一番ふさわしいものは
「南無阿弥陀仏」か
「倶会一処」(くえいっしょ)の
いずれかになります。
倶会一処は、浄土三部経の
仏説阿弥陀経に示されたお言葉で、
お浄土に往生させていただくとき
お浄土の仏・菩薩方と出会うことができる。
というお心をお墓に刻字し、
先にお浄土に参られたご先祖さまと
必ず再び合見える尊さを受け取り
およろこび下さる姿とも味わえます。
「◎◎家の墓」も悪くはありませんが
墓参の時に「御名号」をご持参いただくことを
お忘れなきよう、お願いいたします。
さらに、
お求め頂く時は
必ず旦那寺の
ご住職様に
ご相談くださいませ。


うす雲もいいですが、つつじの見事さに圧倒されました。見事ですねぇ。お弁当持って見に行きたいです。
見上げる大きさのようです。色も鮮やか。
まだまだ蕾がいっぱいですから、当分楽しめることでしょう。
いいなぁ。
お寺さまに書いて頂くのでしょうか?それとも自書?
自書ならどんな風にお仕立てするのでしょうか?
また、持参してのお参りのお作法はどうすれば
いいのでしょうか?
懐中名号と呼ばれる小さな屏風のようになった
ものがご持参いただきやすいように思います。
京都のご本山で頂戴できます。
また、ご自身で揮毫し表装されたものでも結構ですが
絶対に無くてはお参りできないというより
そのお心を大切にしているからなのです。
4/22のブログをご参考いただければ幸いに存じます。
お墓のありよう、「私とお墓」、「私と阿弥陀さまの教え」が
何となく、何となく、解って来るのを楽しみにしております。
まだまだ、「入り口に立たせて頂いた所の者」を
お救い下さいませ。