2007年04月22日

お墓のこと2

昨日に引き続き、お墓について記します。

お墓を建立する目的は、

亡くなった方のお骨を納める為です。

誰が為の場所?

亡くなった方を偲ぶ縁(よすが)と

することから、子孫や縁者の方といえます。

目的と対象が別なわけです。

しかし、お墓を別の目的を叶える為の

手段(道具?)として受け取られている

方が時折見受けられます。

墓相などは、その際たるものです。

実際にその手の本を10冊ほど読まれたら

墓所の建碑は、不可能になりますが・・・・。

人は、だれしも幸せに暮らす事を

望んでおりますし、子孫が賜りし生命を

大切に生きていくことをご先祖様も

望まれていることでしょう。

さらに私以上に私のことを見抜かれた上で

その私を常にご心配くださり

幸せになってくれよと願い続けてくださって

いるお方が阿弥陀さまです。

そのお心をいただき慶ばれたご先祖さまの

生きた証であるお骨を埋めたお墓においても

その阿弥陀さまのお心を頂戴していく為に

墓石の表書きを

「南無阿弥陀仏」や「倶会一処」に

するのです。

「わしゃお墓の下には おらんぞ」と

お念仏を慶ばれた妙好人さまが

亡くなる前におっしゃったそうです。

お念仏者にとって、人としての命終は、

お浄土で仏さまの命を頂戴することです。

死して終わりの人生でなく、必ず再び

お会いすることが約束されているのです。

Cimg2607このようなお心を

大切に受けとり

建立された墓所は

自ずとシンプルなものに

落ち着きます。

あまりこだわりすぎると

受け継ぐ子孫も困惑してしまいます。

 みなひとの 別れゆく日は 異なれど

   ふたたび会わん 弥陀の浄土で

            (大江 淳誠和上)

【ほとけさまのお心よりの最新記事】
この記事へのコメント
ここにこんなことを書くのは相応しくないかも知れません。なので、相応しくない場合はお手数ですが、そちらで削除してください。
友だちが自殺したいと昨夜電話して来ました。
最後に人の声が聞きたい…と。。。
死なないでと何とか説得。
近畿圏に住んでいるので、駆けつけることもママならず。
詳細は言えませんが、介護に疲れた・父親の愛情が得られないことによる自分の存在の否定…というのが大きい。
どうしたら良いものか、私にも結論は出せず。
Posted by salamanca at 2007年04月27日 07:55
自殺は絶対にいけないことは、誰もが理解しています。
以下はあくまでケースバイケースですが、
自害が頭をよぎるときは、心身の喪失状態にあることが多く
周囲の方々が粘り強く話を聞かせていただき
一人になる時間をできるだけ減らすことが大切に思います。
いわゆるA型人間タイプの方であれば
一旦、自害以外の逃避環境をを整えてあげることが必要になりましょうし。。。
私にお手伝いが出来る事があれば遠慮なく仰ってください。
少々内容が複雑になりそうですので、よろしければ直メールにてどうぞ。
今わかることは、そのご友人がsalamancaさんを
必要とされている事ですね。
Posted by 釋智見 at 2007年04月27日 08:39
有難うございました。
直メールさせていただくかもしれません。
その時は、よろしくお願いします。
Posted by salamanca at 2007年04月27日 23:22
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