2007年03月21日

一粒の涙

葬儀後の還骨法要。

いわば3日間に渡る一連の儀式終了を

告げるお勤めともいえます。

闘病生活が長きに渡られた場合は、

3日どころか、それ以上の期間の収束。

フラフラになった心身はとうに限界をこえ

緊張の糸が緩む瞬間、

それまで気丈に振舞われていた

ご遺族が大粒の涙をホロリとこぼされた。

その涙を、お経本がジワッと受け取る。

帰り際にそのお経本を手に取り

重さを確かめてみたくなりました。

涙がこぼれるのは、

自身の涙の器がいっぱいになった証拠。

その器を満たしたのは私でなく、向こう側。

向こう側からの願いが到り届き

涙の器がいっぱいになった時、

止めような無い、一粒の涙が

こぼれ出てくださることを感じました。

ナモアミダブツのお念仏は

阿弥陀様が私にかけ続けられた

いのちの絞り汁ともいえる願い。

我が口を通してお念仏が

こぼれ出てくださる時、

それは阿弥陀さまのお心が 

私に到り届き

満ち満ちてくださっている証。

まさに彼岸から此岸へかけられた光を

頂戴するご法縁を、麗しい一粒の涙が

お教えくださいました。

ナンマンダブ ナンマンダブ

2007年03月15日

奈良の春は

「お水取りが終わったら」と昔から言います。

この法会については他のHPなどに

詳しく紹介されていますので省きます。

「お仏壇のお荘厳(かざり)」と「水」に

ついては、とても密接な関係があります。

二月堂のお水取りの水は「香水(こうずい)」と

呼び習わされるお水を、観音様にお供えする

ためのものですが、

それと同じ名の水をいれる

Cimg2389_1お荘厳具が

浄土真宗にも

存在します。

華瓶(けびょう)と

いいます。

華瓶には、汲み立ての水を注ぎ香木と

される常緑樹を入れてお飾りするお道具です。

これはあくまで、お浄土の荘厳である

麗しき八功徳水を表す為のもので

私から仏様に差し向けるための

道具ではありません。

ただし、家庭用の小さなお仏壇で

大きさの制約を受けて飾りきれないときは、

存在し無い道具となります。

そのお心を大切に受け取る為

『浄土真宗では、余宗のように、

お湯呑みに「お茶湯」は、しません。』と

ご門徒さんにお伝えいたしますと

「じゃあ仏さまは、のど渇かへんの?」と

疑問を投げかけられます。

仏様は、麗しき功徳の全てが整った

お浄土の境涯なのですから

その心配は無用です。

仏さまは、こちらから差し向けるより前に

私を願われ、その功徳を差し向けて

くださっているお方です。

それは私がお浄土に生まれることが

約束された身であるという事。

Cimg2379_1その整った

麗しきしき

お浄土の世界を

拝するべく

お仏壇やお寺の内陣が美しく

形どられているのです。

2007年03月03日

お向かいさん

3月最初の土曜日、ご法事へ。

偶然、午前と午後のご法事が、

お向かいさん同士の家でした。

お参り先で

「この地域にお念仏が広がっていきますね」

と嬉しいお言葉を寄せてくださいました。

奈良県は、様々な宗旨が混在していますが、

法耕というお言葉の通り、お念仏のこころが

長い時間と様々なご縁によって、

少しずつ広がってくださることに

慶びを感じます。

Cimg0000154_1耕して、

種まいて、

水やって、

肥入れて、

照らして、支えて、、

漏れなきように全てを整え、

麗しいお念仏の花が咲くことを

お待ちくださっているのは

他ならぬ、阿弥陀さまです。