2006年10月08日

報恩講習礼

「中央仏教学院通信教育奈良の集い」

Cimg1263 の皆さまが11月の

 報恩講に向けて

 習礼(シュライ・

 お勤め作法の練習)を

開始されました。

経験年齢共に色々ですが、真剣に取り組まれる

お姿に身の引き締まる思いがいたします。

習うより慣れろの言葉通り、

何度も何度も繰り返し行うことより、

自然に体が動くようになり、さらに

その根底に秘められた心に気付かされます。

それは旅の途中、わざと遠回りしたところ

素敵なお店に出会う感覚と似ています。

Tukiusagi1 慌しい世の中なればこそ

 あえて時間を割き、

 じっくり物事に勤しむことも

 大切ですね。

昨晩の十六夜はうつくしかった。。。。

posted by jsj at 17:27| Comment(4) | TrackBack(0) | 気づかされて

2006年09月06日

賜りし生命

子は、親を選んで生まれてくることが出来ません。

親も、子を選ぶことが出来ません。

しかし、

親が子に「生まれてくれてありがとう」と感じたり

人が「この世に生命を頂いた喜び」を感じることは、

幸せばかりでは無い人生ではあれども

時折、気づかされることがある。

まるで、コップに注がれた水があふれ出た時、

そのコップの存在を忘れ、

あふれ出た水しか見えない私ではあるが、

大いなる願いに生かされ育まれた中で

ふと気づかされる有り難さとは

そういうもなのかもしれない。

いよいよ人としての生涯を閉じ往かん時。

わが生命にお礼させていただけるような時を

精一杯過ごさせていただきたいと思う。

posted by jsj at 21:44| Comment(3) | TrackBack(0) | 気づかされて

2006年09月04日

柳生の里へ

用事ついでに柳生の里

(ついでがメインになった感は否めませんが)

Cimg0868 奈良北東部の

 山間にある小盆地。

 棚田を横目に

 九十九折の

山道を抜けると突如として集落が現れます。

歴史深い里ですが、観光シーズンの

谷間のようで人影もまばら。

田原本から距離にして30キロ程の所

でありながら、まさに別天地

もと大和の小豪族であった柳生家は、

石舟斎と称した宗厳とその五男・又右衛門、

後の柳生但馬守宗矩(むねのり)により、

石高1万2500石の大名まで上り詰めました。

持ち前の素質に加え、徳川家の擁護、

そして名僧沢庵和尚との関係により、

「剣禅一如」の兵法を完成したそうです。

なるほど、この山里の環境より育まれた所

大なりと、里の中心地と思しきところから

グルリと山を眺める。

「土徳」(どとく)Cimg0871

という言葉の

響きに頷くこと

しばし。

帰路、見慣れた

町並みにたどり着いた頃、

こういうことを敢えて意識するような環境に

身を投じなければならない時代になった

ことを感じました。

ちょうどお昼時の移動であったため

コンビニが道中まったく無かったことも

結果的によかったようです。

さて、今住んでいる環境から、

私は何を頂戴しているのでしょうか?

 井の中の蛙 大海を知らず 

   されど 空の青さを知る

とはいうものの

癒しにかこつけた出不精では、いけませんね。

posted by jsj at 15:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 気づかされて